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その時その時興味あることを書き留める自由で気儘なブログ。物書き志願者がイラスト描いてる系。自己免疫性肝炎に関する徒然。
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Clap?


かっこいいキャラクター、かわいらしいキャラクター。
そういうキャラクターが物語に出てくると男女問わずドキドキします。
現実世界で「顔が命」などという人は多くないと思います。自身の顔に不満がある人はいても、他人の顔に不満がある人はめったにいないのではないでしょうか? 自身の顔に不満があるのは、もっと愛されたいという気持ちがあるからです。造作のいい顔には人の心をくすぐる何かがあります。モデルや俳優だって、顔が美しければキャーキャー言われる。メディアが顔やスタイル重視の価値観を生み出しているといっても過言ではない時代、視覚から解放された世界である小説は貴重なものではないかと思ったりします。それでも、私はできれば小説の中にも美しい造作のキャラクターが出てきてくれればいいなあ、と思います。
性格美人という言葉がありますが、性格の美しさが伴わない美人(男子含む)はどんなに外見が美しく描写されていても美しいとは思えないでしょう。マンガやドラマなどでは否応なしにビジュアルが付きまとうのでそのような感覚になるのは難しいものですが、小説には文字しかないため、性格ブスは簡単に見破られるのです。ですから小説とは素敵なことに、外見の美しさを伴うキャラクターをださないことで読者に外見だけが魅力じゃない、と訴える必要はあまりないのではないでしょうか。外見が美しい設定にすることでそのキャラクターの魅力が大幅に跳ね上がることがないのなら、わざわざ美しく設定しないのはもったいないというものです。それに、逆に考えてみればどうでしょうか。美しい心のキャラクターは、自然と読者の気持ちを引きます。そして読者はたとえ「凡庸な容姿」と描写されていても大変な美人であるかのように錯覚してしまうのです。
美人の価値観は人それぞれであり、どのような外見、性格のキャラクターを美しいと感じるかはわかりません。小説は視覚から解放されているため、読者の想像力を必要とします。つまり、外見が美しいと感じたキャラクターは読者の頭の中で自由にビジュアルを設定されうるのです。
周囲から様々な形ですかれる登場人物はたいていの場合、好かれるに値する魅力を持っているならば、性格美人とみなされるのではないでしょうか。普通の人間は性格美人でなければ人はその人を好きにならないものです。外見が良く性格が悪い人はテレビの中にでもいればいいでしょう。
性格も外見も美しいキャラクターを描くためには、魅力的な性格をもつキャラクターが小説にとっては重要なのだと考えています。
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Clap?



(2009-03-18)
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いろんな職業があるのだということ。
どのような職業にも貴賎はないのだということ。
むしろ、誇りを持ってなされる仕事は、どのように世間から思われようと輝かしい。
夢が本当に自分の夢であるのか。この問いかけにもドキリ、とさせられた。
全体的に緑を配した画面構成と、いまは少なくなってきた田舎の風景。生と死に彩られながらの物語。チェロや、今まで聞いたことすらなかった納棺師とそれを見守る様々な遺族の姿を見れて、視覚的にも聴覚的にも知識的にも、実にぜいたくな映画だと思った。
「この仕事を最後までやりとおせるの」「誇りを持てるの」という主人公の妻のセリフと、「仏教でもキリスト教でもヒンドゥー教でもイスラム教でもうちは取り扱っているよ(だったかな?)」という社長のセリフが実に奥深いものだと思った。特に社長の台詞には思わず笑ってしまった。随所にちりばめられたユーモアも面白い。
「死は門なんです」そう言った遺体を燃やす仕事をしていた老人。「また、会おうの」そう彼は遺体に呼びかける。「生きているのか死んでいるのかわからない父親」を背負って生きていた主人公は最後に死を持って父に出会うことができたのだ。死とは、人と人を切り離すものに見えて、その実は違うのかもしれない。
命に感謝して生きたい。死に敬意を払いたい。「どうせ食べるならうまいもんがいい」そう言い切る社長の姿が好きだ。この俳優さんは本当においしそうに、そしてまずそうにものを食べる。緩急のある彼の演技や役どころが好きである。
いろいろと考えさせられる作品であった。




岡嶋 二人
Amazonランキング:12339位
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ストーリーは落ちに不満が残るものの面白かった。読書ペースもいつになく早かった。
パソコンの容量が昔はそんなに少なかったのか、とどうでもいい部分に着目してしまった。今の時代と照らし合わせてみるとテラ単位でこのレベルのゲームを作るのは無理な気もするが、書かれた時代のせいもあるのだろう。といっても、私は技術に疎いのでもしかしたら可能なのかもしれないが。
メタ的要素をトリックに利用するタイプの小説は読んでいると違和感を覚えるもののその理由を見破れず悪酔いしてしまうため苦手なのだが、これは最初からその部分を太っ腹にネタばれしているため安心して読めた。ただし、ストーリー構成はありきたりな感じもする。私が生まれたころに書かれた作品で、こういった手法の先駆け的作品、らしい。後続作品を読むより先に読めたら、また感想は違ったかもしれない。
また、リストカットでは人は簡単には死ねないということ(本気で逃亡したいなら首をつったほうが確実だし痛くないし早い)、ほとんど初対面の(しかもやや好意を抱いている)男性に「オシッコ」の話題を持ち出す女性はめったにいないこと、に引っかかりを感じた。



追記でもう一つ上げます。レポート用に書いたものなので長い、かつ足を伸ばしている感がある。
Clap?

2009.06.29.Mon[日記]

引っ越しました。
土曜日から新しい家住まいをしています。
引越し屋に頼んでの引っ越しではなく、家と家の距離が近いのをいいことに自前のトラックやら車やら自転車やらで荷物や家具を移動させました。もと住んでいた家のほうはまだまだ片付いておらず、当面必要なものだけをとりあえず運んだ状態。引っ越し作業のおかげで土日が完全につぶれ、危うく提出期限が今日のレポートを書きそびれるところでした。土日は天気も良く、動き回っているともちろん汗が出てくるわけで、なぜか指と指の付け根、首回りにあせもができました。汗みずくになる覚悟をこころが決めるのは簡単だったのに、皮膚は全然決めてくれない……チキンめ! 母に「あせもできた」と訴えたら、市販のあせもの薬は医者から禁止されているとのこと。明日皮膚科行ってきます。
個室を貰えるようになったのですが、なんだか旅館に寝泊まりしているような居心地の悪さというかなじまなさを感じています。家も前の家に比べたらやたら広く、歩き回るだけでばてそうでした。(作業中なので体力が消耗している)廊下で生き倒れごっこをしてみたのですが、誰も相手にしてくれませんでした。残念。

ところで今、一つ問題が発生しているのですが、電話回線がつながっていないからパソコンがまだ新しい家に来ていない。自然、レポートは裏技(携帯で書いた文章を凸目のテンプレートとして保存し、メモリーカードを使ってパソコンに入れる)を使って書くことになるわけです。が。
大学のパソコンに携帯のデータを入れられない!
メモリーカードの差し込み口がどこにもないよ!
どうしよう! 今日の午後五時までなのに、どうしよう!
……最悪手書きですな。
でも、規定文字数より多く書いてしまったから、原稿用紙に書くとなるとへずらなくてはならないのが惜しい。

引っ越した家では母方祖母と半分同居状態なので、今迄のように親のいなくて私の大学のない日を利用してパソコンに触れなくなります。心臓に毛を生やしたら触れるとは思うけれど、こんな事態になったからには、最低文章データを移動させるためには家パソコンを使わねばならぬ模様です。画像処理も家パソコンがないと無理なんだよなあ……普通に心臓にもっさり毛がはえそうな気がする。
Clap?


雨が、手前勝手に振ってくれています。
私が家にいる日は晴れで、私が大学に行く日の朝になってざばざば降り始める。雨足の強さに怖じ気づいてレインブーツ代りのブーツをはいて出かけたら、目的地に着くころにはけろり。
からかわれている……絶対。
今日は私は家にいる日なので、今日も降らないでしょう。きっと。

私の周囲には普通の人であふれています。
普通の人しかいないのではないかと錯覚するぐらいあふれている。
単純に、私が人付き合いを面倒くさがって深く付き合わず見過ごしている分もあるのかもしれないけれど、あきれ返るほど普通の人ばかりだ。(見栄を張った。浅くすら付き合うのも面倒くさい)
私の知る限り、ドラマや小説で取り上げられるようなセンセーショナルなものを抱えた人なんて一人もいない。
だけど、ネットでちょっと足を延ばせば世界が反転する。
ネットは自分の内面を吐露したり逆に着飾ったりする場所だから、それだけ現実は普通じゃない人で溢れかえっているということ。
多分、この世に生きている人たちはみんな一人残らず変。
普通の人なんていない。
どんなに普通に見えても、普通じゃない。
普通じゃないのが普通だ。
なんて、基準値に近い人生を送っているからこそ言える気楽さなのかもしれないけれど、とりあえず、私は世間的に見ればはぐれの人間である。いや、はぐれっぽい所もあるから言えるのか? ごめんよ、気楽な性格で。

まあ、とりあえずね、家族五人分の洗濯物をたたまねば前に進めないでありますよ。私の妹と弟は飾りか……orz
あ、飾りだったら洗濯物出すわけないね、たたむの三人分でいいんだよね。^^
Clap?

2009.06.23.Tue[日記]

夏だからって半袖を着てはいけません。その瞬間は良くても、すぐに痛い目を見ることになります。
私の皮膚は、「何かに」かぶれます。それは、正体不明の何かで、もしかしたら空気だったり太陽光だったりするのかもしれません。実際は木材に塗られているニスか、自分の汗なのですがね。
ともかく、半袖を着たとたん私の腕はかぶれ出します。過去に虫に噛まれて不用意に書きむしった跡を中心に、夏場が終わり、新学期が始まり、残暑も消え、涼しくなり、寒くなり、雪が降り、年が明けるころまでなくなってくれません。私が皮膚をケアをすることに情熱を燃やさないからです。やる気がないのです。日に焼けるのは嫌だけど、特別自分の皮膚にあった日焼け止めを探そう、なんて考えません。
だから、一番いいのは、夏場でも長袖を着ること。皮膚はかぶれないし、日にも焼けない。
腕だけじゃなくてもちろん足もかぶれるので、素足だとか、薄いストッキングだとかはご法度です。家では常にジーパンです。年がら年中ジーパンです。
というわけで。今年こそは、暑さに負けず、ずっと長そで過ごしたい、と思っています。頑張る。


人間にはどこかしら、駄目な部分があります。
駄目な部分の塊でできているような自分ですが、駄目な部分を持たない人間ってのも、少ないんじゃないかなあ、と思うのです。
ヒーローものに対して、私は小さい頃反発を感じていたように思います。正義が悪を一方的に倒す。
当然です。そういうストーリー構成も、それに反発を感じてしまうのも。
正義が悪を一方的に倒すような小説は意外と少ないものですが、子ども向けの本にはそういう傾向を持つものが多いように思います。子どもに正義が悪を倒すことは必ずしもいいことか? なんて問いかけるよりは正義が悪を倒すのが正しい、と断定してしまう方が楽ですし、教育的にも間違いだと指摘される可能性は低くなります。第一、そんな複雑なこと言われても子どもは未発達すぎる脳みそで処理しきれない。
ニュースは否定します。
日々取り上げられる殺人や汚職や詐欺やなんやかやを。
本当のニュースはそれを報道するだけのものだと思いますし、事務的なものは確かにそうです。が、バラエティ色のあるニュースだとそうはいかない。番組に出ている人たちは犯罪を否定する言葉を吐きます。もしくは同情するような言葉を吐く。
常に犯罪の外側で、その内側にいる加害者や被害者の心境など、把握できもしない癖に知ったかぶった顔で。
そういったコメントばかりではないのもわかっているのだけれど、やっぱり民衆は刺激を求めているから、過激な発言に左右されてしまうのではないだろうかと思うと、気が気でならない。
犯罪者たちのおかげでニュースを報じることができるというのに。

小説は、リストカットも自殺もおれおれ詐欺も殺人もうつ病も何もかもをもネタにします。
作者本人がそのことで本気で悩んだことがなかったとしても、それを題材にします。
無責任です。それで読み手にエンターテイメントを与えて、神であるかのように悩む者の心をこうこうこのようであると決めつけます。
汚職する政治家は必ず正義を名乗る者に倒され、犯罪者は警察に捕まり、自己を傷つけるものは周囲からの愛情をもらい、もらえない時は破滅する。
テンプレートな結論や問いかけに、何の意味がありますか?
作者が懊悩して見つけ出したかもしれない答えの道を鵜呑みにすることに、何の意味がありますか?

正義の裏に悪を見つける、そんなあらさがしに意味はありません。意味はあるかもしれないけれど、私は興味がない。正義面した人間に腹が立つことはままあるけれど。
それよりも、悪だと弾劾された心の内側に何か、もっと別のものを見つけたいのです。
小説とは、物語とは、非情なまでに無責任で、簡単に人を殺し、いやしめることができるもので、同じくらい人を活かし、高めることができるものでもあるけれど、自分より下の存在がいなければ己のアイデンティティを確立できないのが大半の人間が持つ弱さだから、十冊読んだうちの五冊が悪を弾劾し、五冊が悪を肯定的にとらえているなら、人は悪は悪でしかないと思ってしまうのではないか。
そこまで人間が非常な生き物ではないと信じたくても、万が一を思わずにはいられない。

自分基準の正義と悪の物差しを持って生きていきたい。
誰か言われただけで、周囲から圧力をかけられただけで、簡単にねじまがってしまうような物差しはいらない。
無責任なエンターテイメントの責任は、それを書いた当人だけが背負えるものです。
小説の中で人を殺すことは怖い。
小説の中で誰かを傷つけることは怖い。
だから私はミステリー、特に本格ミステリーが好きになれないのかもしれない。それは、ただ楽しむために人を殺すから。愉快犯の所業と何ら変わりがないから。

世間から正しくないとされていることを外から見つめてつつくような物語は嫌いです。面白くて、どんなに楽しませてもらっても、好きだとは言わない。
そんな物語を書くくらいなら、世間から正しくないとされていることの内側に入って、間違っていても自分なりの解釈で語りたい。
小説を鵜呑みにする読者がいるのなら、鵜呑みにすれば世間から正しくないとされていることを否定できなくなるような物語を書きたい。もちろん題材は選ぶけれど。一つの事物に様々な答えがあるのもわかっているけれど。
もちろん、疑える読者がいるのは承知です。彼らはちゃんと疑えるから心配はいらない。
自分の言葉に責任を持ちます。未来に置いて考え方が変わったとしても、可能な限り責任を持ちます。
だから、メッセージを発信する際に置いて「……かな?」なんてそんなよくわからない無責任なもの言いは嫌いです。
何かを発信する限りには、発したものに責任を持たなくてはならないのです。

悪が正義をバスターするような逆ヒーローものにもあまり興味はないけれど。

人間が持つ情けなさを、駄目な部分を、世間から笑われるような物事を、前向きに描きたいと思っています。
気持ち悪くても、最低最悪であっても、それをことさらに美化するつもりはないけれど、私の正義の物差しが正義だと判断したら、それは正義なのだと、全力で言います。
Clap?

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増岡 稚子

Author:増岡 稚子
誕生日:1月15日(24)
職:落ちこぼれ社会人
餌:糖分(自称、辛いカレーもブラックコーヒーも好き)
脳:現実 □□□□□■□ 逃避
願:せめて女子を装いたい。
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